有事法制の研究について
(1981年[昭和56年]4月22日)

 有事法制の研究については、その基本的な考え方を昭和53年9月21日の見解で示したところであり、現在、これに基づいて作業を進めている。
 この見解でも述べているように、有事に際しての自衛隊の任務遂行に必要な法制は、現行の自衛隊法によってその骨幹は整備されている。しかし、なお残された法制上の不備はないか、不備があるとすれば、どのような事項か等の問題点の整理を目的としてこれまで研究を行ってきたところである。
 研究はまだその途中にあり、全体としてまとまる段階には至っていないが、現在までの研究の状況及び問題点の概要を中間的にまとめれば、次のとおりである。

1 研究の経過
 (1) 研究の対象となる法令の区分
  研究の対象となる法令を大別すると、次のように区分される。
   防衛庁所管の法令(第1分類)
   他省庁所管の法令(第2分類)
   所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)
  第1分類に属するものとしては、防衛庁設置法、自衛隊法及び防衛庁職員給与法があり、これらには有事の際の関係規定が設けられているが、これで十分かどうかについて検討する必要がある。
  第2分類に属するものとしては、部隊の移動、資材の輸送等に関連する法令、通信連絡に関連する法令、火薬類の取扱いに関連する法令など、自衛隊の有事の際の行動に関連ある法令多数が含まれる。これらの法令の一部については、自衛隊についての適用除外ないし特例措置が規定されているが、有事の際の自衛隊の行動の円滑を確保するうえで、これで十分かどうかについて検討する必要がある。
  第3分類に属するものとしては、有事に際しての住民の保護、避難又は誘導の措置を適切に行うための法制あるいは人道に関する国際条約(いわゆるジュネーブ4条約)の国内法制のような問題がある。これらの問題は、法制的に何らかの整備が必要であるとは考えられ、また、自衛隊の行動と関連はするが、防衛庁の所掌事務の範囲を超える事項も含まれているところから、より広い立場からの研究が必要である。
 (2) 各区分の検討状況
  このように大別した三区分については、第1分類を優先的に検討することとし、第2分類については第1分類に引き続いて検討することとし、第3分類についてはこの問題をどのような場で扱うことが適当であるかが決められた後に研究することとして、作業を進めてきた。
  したがって、現段階においては、第1分類についてはかなり検討が進んでいるが、第2分類については他省庁との調整事項等も多く、検討が進んでいる状況にはなく、第3分類については未だ研究に着手していない。

2 第1分類についての問題点の概要
(1) 現行法令に基づく法令の未制定の問題
ア 自衛隊法第103条は、有事の際の物資の収用、土地の使用等について規定しているが、物資の収用、土地の使用等について知事に要請する者、要請に基づき知事が管理する施設、必要な手続等は、政令で定めることとされており、この政令が未だ制定されていない。
  したがって、同条の規定により必要な措置をとりうることとするためには、この政令を整備しておくことが必要であり、この政令に盛り込むべき内容について検討した。
  この概略は、別紙のとおりである。
イ 防衛庁職員給与法第30条は、出動を命ぜられた職員に対する出動手当の支給、災害補償その他給与に関し必要な特別の措置について別に法律で定めると規定しているが、この法律は、未だ制定されていない。
  この法律に盛り込むべき内容としては、支給すべき手当の種類、支給の基準、支給対象者、災害補償の種類等が考えられ、これらの項目について検討を進めているところである。
(2) 現行規定の補備の問題
ア 自衛隊法第103条の規定による措置をとるに際して、処分の相手方の居所が不明の場合等、公用令書の交付ができない場合についての規定がない。このため、物資の収用、土地の使用等を行いえない事態が生ずることがあり、そのような場合に措置をとりうるようにすることが必要であると考えられる。
イ 自衛隊法第103条の規定により土地の使用を行う場合、その土地にある工作物の撤去についての規定がない。このため、土地の使用に際してその使用の有効性が失われることがあり、工作物を撤去しうるようにすることが必要であると考えられる。
ウ 自衛隊法第103条の規定により物資の保管命令を発する場合に、この命令に従わない者に対する罰則規定がないが、災害救助法等の同種の規定には罰則があるので権衡上必要ではないかとの見方もあり、必要性、有効性等につき引き続いて検討していくこととしている。
エ なお、有事法制の研究と直接関連するものではないが、自衛隊法第95条に規定する防護対象には、レーダー、通信器材等が含まれていないので、これらを防護対象に加えることが必要であると考えられる。
(3) 現行規定の適用時期の問題
ア 自衛隊法第103条の規定による土地の使用に関しては、陣地の構築等の措置をとるには相当の期間を要するので、そのような土地の使用については、防衛出動命令下令後から措置するのでは間に合わないことがあるため、例えば、防衛出動待機命令下令時から、これを行いうるようにすることが必要であると考えられる。
イ 自衛隊法第22条の規定による特別の部隊の編成等に関しては、編成等に相当の期間を要し、防衛出動命令下令後から行うのでは間に合わないことがあるので、例えば、防衛出動待機命令下令時から、これを行いうるようにすることが必要であると考えられる。
ウ 自衛隊法第70条の規定による予備自衛官の招集に関しては、招集に相当の期間を要し、防衛出動命令下令後から行うのでは間に合わないことがあるので、例えば、防衛出動待機命令下令時から、これを行いうるようにすることが必要であると考えられる。
(4) 新たな規定の追加の問題
ア 自衛隊法には、自衛隊の部隊が緊急に移動する必要がある場合に、公共の用に供されていない土地等を通行するための規定がない。このため、部隊の迅速な移動ができず、自衛隊の行動に支障をきたすことがあるので、このような場合には、公共の用に供されていない土地等の通行を行いうることとする規定が必要であると考えられる。
イ 自衛隊法には、防衛出動待機命令下にある部隊が侵害を受けた場合に、部隊の要員を防護するために必要な措置をとるための規定がない。このため、部隊に大きな被害を生じ、自衛隊の行動に支障をきたすことがあるので、当該部隊の要員を防護するため武器を使用しうることとする規定が必要であると考えられる。

3 今後の研究の進め方及び問題点の取扱い
  今後の有事法制の研究については、今回まとめた内容にさらに検討を加えるとともに、未だ検討が進んでいない分野について検討を進めていくことを予定しているところである。
  なお、今回の報告で取り上げた問題点の今後の取扱いについては、有事法制の研究とは別に、防衛庁において検討するとともに、関係省庁等との調整を経て最終的な決定を行うこととなろう。


別紙 自衛隊法第103条の政令に盛り込むべき内容について
1 要請者、要請方法
(1)物資の収用、土地の使用等について都道府県知事に要請する者は、防衛出動を命ぜられた自衛隊の方面総監、師団長、自衛艦隊司令官、地方総監、航空総隊司令官、航空方面隊司令官等とすること。
(2)この要請は、文書を持って行うこと。
2 管理する施設
 要請を受けた都道府県知事が管理する施設として政令で定めるものは、燃料、弾火薬類等の緊急需要に備えての保管施設と装備品等の応急修理のための施設とすること。
3 医療等に従事するもの
 医療、土木建築工事又は輸送に従事するものの範囲は、災害救助法施行令に規定するものとおおむね同様のものとすること。
4公用令書関係手続き
(1)公用令書の交付先
 ア 管理、使用又は収用の場合の公用令書は、対象となる施設、土地等又は物資の所有者に対して交付するものとすること。ただし、所有者に交付することが困難な場合においては、当該施設、土地等又は物資の占有者に対して交付すれば足りること。また、所有者が占有者でないときは、占有者に対しても公用令書を交付しなければならないこと。
 イ 保管命令の場合の公用令書は、保管の対象となる物資の生産、集荷、販売、配給、保管又は輸送を業とするものに対して交付すること。
 ウ 業務従事命令の場合の公用令書は、業務従事命令を受けるものに対して交付すること。
(2)公用令書の記載事項
 ア 施設の管理等の場合の公用令書の記載事項は、?公用令書の交付を受けるものの氏名および住所 ?処分の要請を行った者の官職および氏名 ?管理すべき施設の名称、種類および所在の場所並びに管理の範囲及び期間、使用すべき土地又は家屋の種類及び所在の場所並びに使用の範囲及び期間、使用又は収用すべき物資の種類、数量、所在の場所及び引渡時期並びに使用又は収用の期間又は期日、保管すべき物資の種類、数量及び保管場所並びに保管の期間等とすること。
 イ 業務従事命令の場合の公用令書の記載事項は、?命令を受ける者の氏名、職業、年齢及び住所 ?処分の要請を行った者の官職及び氏名 ?従事すべき業務 ?従事すべき場所及び期間 ?出頭すべき日時及び場所等とすること。
(3)業務従事命令に応じることができない場合の手続き
 公用令書の交付を受けた者が病気、災害その他のやむをえない事故により業務に従事することができない場合には、直ちにその事由を付して都道府県知事にその旨を届け出なければならないこと。
 この場合、都道府県知事は、その業務に従事させることが適当でないと認めるときは、その処分を取り消すことができること。
(4)公用令書の変更及び取消
 公用令書を交付した後、処分内容を変更し、又は取り消したときは、速やかに公用令書変更令書又は公用取消令書を交付しなければならないこと。
5 物資の引渡し
(1)占有者の義務
 使用又は収用の対象となる物資の占有者は、公用令書に記載されている引渡時期にその所在の場所において処分を行う都道府県知事又は防衛庁長官等にその物資を引き渡さなければならないこと。
(2)受領調書の交付
 物資の引渡しを受けたときは、引渡しを行った占有者に対して受領調書を交付しなければならないこと。
6 都道府県知事の職務
 都道府県知事が施設の管理、土地の使用若しくは物資の収用を行い又は物資の保管命令若しくは業務従事命令を発する場合には、都道府県知事は、公用令書の交付後、防衛庁長官等が行った処分の要請の趣旨に沿い、適切な措置をとるように努めること。
7 損失補償、実費弁償等
(1)損失補償の申請
 処分による損失の補償を受けようとする者は、管理、使用又は保管命令の場合にあっては管理、使用又は保管命令が取り消され、又はその期間が満了した後、収用の場合にあっては収用の後、1年以内に補償申請額等を記載した損失補償申請書を都道府県知事又は防衛庁長官に提出しなければならないこと。ただし、管理、使用又は保管命令の場合にあっては、管理、使用又は保管の期間が1月を経過するごとにその経過した期間の分について申請できること。
(2)実費弁償の基準
 業務従事命令による実費弁償の基準は、災害対策基本法施行令第35条の規定(業務に従事した時間に応じて手当を支給すること、支給額は、同種業務に従事する都道府県職員の給与を考慮すること等)を準用すること。
(3)実費弁償の申請
 業務従事命令による実費の弁償を受けようとする者は、業務従事命令が取り消され、又はその期間が満了した後1年以内に実費弁償申請額等を記載した実費弁償申請書を都道府県知事に提出しなければならないこと。ただし、業務従事の期間が7日以上経過するごとに、その経過した期間の分について申請できること。
(4)扶助金の種類、基準等
 業務従事命令による扶助金の種類(療養扶助金、休業扶助金、障害扶助金、遺族扶助金、葬祭扶助金及び打ち切り扶助金の六種)及び扶助金の支給については、災害救助法施行令第3条から第22条までの規定を準用すること。
(5)扶助金支給の申請
 業務従事命令による扶助金の支給を受けようとする者は、業務従事命令が取り消され、又はその期間が満了した後1年以内に扶助金支給申請額等を記載した扶助金支給申請書を都道府県知事に提出しなければならないこと。ただし、療養扶助金又は休業扶助金については、療養又は休業の期間が1月を経過するごとにその経過した期間の分について申請できること。
(6)損失補償額等の決定及び通知
 都道府県知事又は防衛庁長官は、損失補償申請書、実費弁償申請書又は扶助金支給申請書を受理したときは、補償すべき損失、弁償すべき実費又は支給すべき扶助金の有無及び補償、弁償又は支給すべき場合にはその額を決定し、遅滞なくこれを申請者に通知しなければならないこと。

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